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★追悼、中村とうようさんの遺産(2)・・・エルフィ・スカエシ [⇒中村とうよう]

80年代後半から興ったワールド・ミュージック・ブームはアラブ・アフリカを中心に注目された欧米とは違い、日本の場合はインド、インドネシア、香港、台湾などアジアの歌謡性の高い音楽に興味が注がれた。

特に、インドネシアはそのジャンルの多様性からも多くのファンを獲得していった。その中心と言えたのが、ダンドゥットの女王=エルフィ・スカエシだろう。

インドネシアが注目されたのは、ブーム以前から彼の地の音楽の魅力にいち早く気付き、積極的にプッシュしていたとうようさんやミュージック・マガジン周辺の影響が強かったと自分は思っている。

中でもエルフィはとうようさんのお気に入りだったようだ。一時期、第一線から退いていたエルフィが徐々に表舞台に現れ始め、最終的には久保田麻琴氏プロデュースによるアルバムを制作するに至ったのは、とうようさんを中心とした日本からの熱烈なラブコールがあったからこそではないかと、個人的には思っている。

そんな彼女の黄金期は何と言っても1970年代中盤から80年代中盤に録音された楽曲だろう。この頃の彼女の歌はとにかく粘っこく濃い。その濃密な歌唱法に最初はあまり馴染めなかった自分ではあったが、色々聴いているうちにその魅力に気がついた。

◆編集盤「ザ・ダンドゥット・クイーン」 70~80年代の曲を中心に集めたベスト集
エルフィ・スカエシ「ザ・ダンドゥット・クイーン」

中でも個人的にエルフィといえば、思い出す曲が「マンディ・マドゥ」。曲・歌共にこれでもか、と言わんばかりの濃密さ全開の名曲である。これが作られた83年前後は彼女の人気も最高潮だったようだ。

◆ELVY SUKAESIH / MANDI MADU


それとエルフィといえば忘れてならないのが、世間的も最高傑作の呼び名も高い「シリン・ファルハット」だろう。とうようさんもこの曲が収録されたアルバムをお気に入りだったようで、ベスト・アルバムの類の企画では良くこのアルバムを挙げていた事を記憶してる。

「シリン・・・」でのエルフィは「マンディ・マドゥ」などの曲を歌う時のような濃密さを全面に押し出し歌い方ではなく、どことなく女性の繊細さも感じさせる表現もしていて、ダンドゥットのイメージを押し広げることに大きく貢献したのではないかと思う。

◆アルバム「シリン・ファルハット」
シリンファルハット.jpg

◆ELVY SUKAESIH / SYIRIN FARTHAT


そういえば、自分も観にいった渋谷オン・エアーでのエルフィのライブを取り上げたミュージック・マガジンの記事で、とうようさんはエルフィとの2ショット写真を撮ってもらい、あまり見たことのない嬉しそうな顔をしてたなぁ。そのときの表情が今でも脳裏に焼きついていて離れない。

きっと、エルフィも遠いインドネシアの地で、とうようさんの訃報に悲しんでいるのではないだろうか・・・。
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